可愛く嫉妬する

Mind

ここのところ、ポジティブであることに意識を向けて続けていたからか、その反動で、devil kokoがよく出てきてくれます。
ちょうど今の時期のような、満月から新月に向かうあいだは、揺れやすくマイナスの感情になりやすいような気もする。体も浮腫むし。月は陰の象徴で、それすらも消えてしまう新月は、自分の深い深い闇の部分を感じやすくなるのかもしれない。
それにしても、devil kokoは自分のなかの隠したい部分を一手に引き受けてくれているので、ほんとに感謝してもしきれないです。

いつもありがとうございます。

今、devil kokoが私に見せてくれているのは、「嫉妬」。
嫉妬にはマイナスのイメージがありますが、でも少し蜜の味もする。ドロドロに膨れ上がった嫉妬は辛く苦しいものですが、軽い嫉妬はちょっとした刺激になるように思います。好きな人が、自分のことで軽くやきもちを妬いてくれると、嬉しいもんで。嫉妬も使い方次第なのかな。

ざわりと嫉妬のような感情を感じたとき、ついつい「こんな感情を感じてはいけなーい、こんな感情は醜ーい!」とフタをしてしまっていた。けれど、まだざわつきが小さく軽い段階で、相手に「そんなん嫌やわ」ってちょっと拗ねて甘えてみてもいいのかもしれない。

嫉妬って、上手に表現できれば一つの愛情表現になるような気がしてきた。

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ちょうど今読んでいる本に、次のことが書かれていました。

 セト(古代エジプト神話の神)には本質的に怒りや嫉妬を手放さず、情け容赦のない人非人的な性質があったため、それがセトをこの神話における悪魔的存在にしています。一方、ホルス(同神話の神)は神性と結びついた存在でした。そのように、神的であり悪魔的であるという二面性はすべての人間にそなわっています。錬金術や神話が言わんとしているのは、人はあまりに無慈悲で嫉妬深く、狭量で怒りに満ちた部分があると同時に、愛と思いやりにあふれる高潔な部分があるという真実を知るべきだということです。
 そしてその次に問われるのは、あなたの行動がそのどちらかから生じているかという問題です。すなわち、セト的性質とホルス的性質のどちらの発現を選択するかです。どちらも、あなたのなかでいつでも発現可能な状態にあります。人生とは、セトとホルスのどちらの側面を選んで表現するかという、自由意志による決断の連続にすぎません。

セト的性質は、「人間社会の幻影に惑わされる」「ものごとの相対性を保つことなく細かく刻んでばらばらにしてしまう」
ホルス的性質は、「法と正義」「永遠に偏在する平和」を表します。

古代エジプト神話を持ち出したために、えらく高尚な感じになってしまいましたが、つまりは「人間の内側には常にポジティブとネガティブのどちらもあって、そのどちらを行動のきっかけにするか」ということが大事なんだろうと思います。

そして冒頭の「嫉妬」に戻りますが、嫉妬は愛情と憎悪のどちらも入り混じった感情やと思うので、どちらも認めつつ、愛情だけを取り出して相手に表現すると、可愛い嫉妬になるのかなーそうしたら小悪魔になれるのかなーと思った今日この頃です。可愛い小悪魔になりたい。

今回も、ここまでお読みいただきありがとうございました。

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