この3ヶ月間、まじでキツかった・・
仕事が忙しくて、やってもやっても終わらなくて、残業もどんどん増えて休日出勤も発生して、、
朝起きて、仕事して、寝て、朝起きて、仕事して、寝ての繰り返しになっていた。
む?こうなるのが嫌で前職を辞めたはずやのに、、前職よりもひどい状況になっている。。

突然大量の業務が押し寄せてくる。もっと計画的にできへんのかなと毎日毎日思いながらも、指示に従ってひとつひとつ取り掛かる。
業務の進め方が一番のストレスやった。今、ひとりの社員さんにアシスタントとして付いていますが、その人の仕事の進め方、仕事の作り方が自分と合わず、どんどん批判的になっていった。
で・も
いくら相手を批判したくなっても、この状況はすべて自分の内側にあるもの。自分の内面が映し出されている。
スピリチュアルって、フワフワしたファンタジーなものをイメージされがちですが、実際はけっこうハードやなと思います。どこまでも「自分」なので、逃げられません。腹立たしいこと、悲しいこと、そういったネガティブなものも、すべて自分のなかにあるものが現実に反映されている。なので、他人や世間といった外側のせいにできません。自分と対峙して、自分のなかにある、本来の自分と不一致なものを捉えて手放す、捉えて手放すの繰り返しです。こんなん修行やないか。
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はてさて今の状況は、私のどんな内側が映し出されているのか。
「人に迷惑をかけないようにするためには、こうあるべき」「皆にとって良いものをつくるには、こうあるべき」
これらの自分のなかの信念を手放すために、本来の私(ハイヤーセルフ)はエゴの私に見せているのやろうか。だってあなたは(私は)「ひとりひとりの真実」を信じているんやろ、それを美しいと感じたいんやろ、といった感じで。私の「こうあるべき」は、私にとっての真実であるだけで、ほかの人たちにはまた違うものがある。
そうなんです。そこ、自分のなかで矛盾しているんです。イタイイタイ、痛いとこ突いてくる。
私は、すべての人がもつ「真実」を信じています。それはひとりひとり違っていて、美しく、すべて尊重されるものだと思っています。と、これまでの記事で高らかに宣言してきた。その思いは今も変わらず、むしろ確信に変わってきています。
今、私が一緒に働いている人にもその人の真実があって、それを私は尊重したいはずで、でも今の私はその人を全力で否定している。
ただ、その「真実」というものは深いところに隠されていて、表に出してはいけないとみんな思っているんじゃないかなと思います。私はそうでした。
常識的に振る舞い、世間のルール、マナーに従って生きなければならないと考えているから、本来その人がもつ「真実」と、実生活の行動や振る舞いとは、おそらくかけ離れている。
↑これはまた別の話として。
私は、この状況を通して「人をジャッジする(評価する)」ということを手放したいんやと思う。
たとえば、任されたことができなかったとしても。そのやり方で人に迷惑をかけているように見えたとしても。まわりへの配慮が欠けているように感じたとしても。
それをしているその人に悪気がなかったとしたら?その人が心から正しいと信じてやっていることやとしたら?その人と私の、判断基準(優先順位)が違うだけやとしたら?
それは批判に値するのか?
ここで必要なのは、やはり相手との話し合いなんだろうと思う。
私は自分の意見を言わなかった。「それをすると、まわりにこういう影響があるんじゃないか」とか「こっちを優先した方がいいんじゃないか」とか。どちらが正しいかを判断するのではなくて、お互いの考え方や視野を広げるために。
立場上それをしない(遠慮したつもり)というのもあるが、それ以前に、私にはそこまでする熱意がなかった。この仕事に対して。相手との関係性に対して。
熱意って大事やなぁと思う。熱意というか、愛というか。
この状況で私は、パートナーシップというものを勉強させてもらっていると思う。
・本来の自分であること、自己一致していること
・本来の自分で相手と接すること
・本来の自分の思いを相手に伝えること
・純粋なきもちで相手を尊重すること
以前に産業カウンセラーの勉強をしたときに、「自己一致」という言葉に出逢いました。当時は、その言葉を「自分の気持ちに嘘偽りなくいること」なんだろうと思っていました。
常識を手放す、「こうあるべき」を手放すということを繰り返し訓練してきた今の自分が思う「自己一致」は、純度が全然違うと感じます。それほどまでに「常識」というものは、人のなかに根深くあるんやろうと思います。
***
パートナーシップの相手、なんとなく、この人やったらいいなっていう人がいます。えへへ。
これからどうなっていくのかな。その人と、パートナーシップをつくっていけるかな。
それが私の人生のテーマで、目標で、喜びやと思うので、そうなったらいいな。
そしてきっと、今のこの道のりも、それに向けて必要なことなんやろうと思います。

今回も、ここまでお読みいただきありがとうございました。

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